2026年5月5日
てんりアートストリート 「中川次郎の世界 一筋の線を求めて 」を
5月10日より開催します。
開催にあたり 中川氏からのコメントを掲載いたします。
今思う事
私は故郷である福井県の小さな村から、洋画を学ぶために京都の美術大学へ入学しました。
4年間洋画を学んだのち、さてこれからどういった仕事に就こうかと模索しているなか、縁あって現在の職業である「彩色絵師」「文化財修復士」という仕事に出会いました。
はじめはバイト感覚から始まったこの仕事でしたが、気がつけば楽しくて夢中になり15年も経ちました。
「彩色絵師」とは神社仏閣の建物を日本画の絵具を用いて伝統文様や絵画表現で色鮮やかに塗り上げていく仕事です。
「文化財修復士」とは先人が描いた彩色修復する仕事です。
この仕事をきっかけに私は日本画と出会うことになりました。
日本画は膠(動物の皮煮込んで抽出した接着剤)と顔料(鉱石や土、貝殻、植物染料)を混ぜ合わせて自分で絵具を作ります。
洋画の世界とはまた違う、日本画の非日常で原始的な作業が私にはたいへん楽しく感じ、のめり込んでいきました。
そして、先人が代々描いてきた伝統文様や絵画を修復していく中で日本画の奥深さや表現の面白さに気づかされました。
伊藤若冲という江戸中期に活躍した絵師がいます。
大胆な構図や極彩色、緻密な描写力、ユーモラスな表現が評価されていますが、私は、彼の墨絵の一本の線に衝撃を受けました。
若冲の描く迷いのない流れるような線。
それは何度も何度も描いて描き尽くした先にたどり着く線でした。
その迷いのない線がいかに凄いのか。描き手である私の心にズシンと伝わりました。
長く修復士をしていますが同じ様な線を描こうとしてもそう簡単には描けません。
若冲の描く線には、過去に何度も何度も描いている情景が見えてきます。
日本画のデフォルメされた輪郭線には描き手の技量や個性、こだわりや信念、そういった魅力が見えてくる面白さがあります。
私も一本一本の線の積み重ねを大切にする意識を持ちながら作品を描いています。
いま私は、さまざまなご縁があり天理で活動しています。
天理に移り住んでから、私は初めて自分の手で神仏画の絵を描くことになりました。
社寺に関わる仕事をしている私にとって神仏画(神様や仏様のお姿を描く事)は恐れ多く、手が出しにくい分野であり、自分が描くことはないだろうと考えていました。
天理に来てから神宮司さんやご住職さんと出会う機会が不思議と増え、その方々から「神様や仏様の絵を描いて欲しい」と声をいただき、敬遠していた神仏画に取り組む事になったのです。
そこから縁が縁を繋げて広がり、私にとって代表作と思えるような神仏画を描くこともできました。
天理に移り住み、偶然に繋がったたくさんのご縁がなければ、今の私はなかったと思います。
そしてたくさんの素晴らしい歴史ある天理の地で神仏画を描いていることにも喜びを感じています。
今回の「てんりアートストリート」に参加させてもらえたことにも喜びと感謝の気持ちでいっぱいです。
ここからまた素晴らしいご縁に繋がることができればと願っております。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
八平
中川次郎








